三上京子先生のメッセージ
お逢い出来なくなって、随分月日が流れました。
私の身体にも少しずつ変化が起こり始めました。
三上先生は、幼い頃から、ご自身がとても過敏な体質をお持ちで、メイクやネイルをすると息苦しくなるとか、環境や空気感にも身体の反応があり、色んな意味で、生きづらく思っていたそうです。そして、それを逆発想をして、それを生かして出来る事へとシフトしていかれた様でした。
少し私も重なる所がありました。
心身の不調をお持ちの方のお気持ちを察して優しく丁寧にアドバイスしている姿は素敵でした。
ところが久しぶりに再会した時、何か以前と雰囲気が変わり、先生の顔が笑っていない様に思えたのです。そして再び、東京での講習会に参加した時に講習会の後、「少しお茶をしましょう」と、お誘い頂き、ふたりで少しお話をしました。
やっぱり何か楽しめていない感じがしてました。
それから、しばらくして、次回の講習会が中止になりました。私も何があったのだろうと気にはなってました。それからどれくらい経ったのでしょうか...
久しぶりに三上先生から連絡を頂き、大阪に行くので、「一緒に食事をしましょう」と言う連絡かありました。
私は久しぶりに先生に逢える事を楽しみにしていました。そして、お逢いしたのです。
びっくりしました。別人でした。
言葉では言い表せない位の変化に涙が溢れました。
「先生どうしたのですかぁ?」
余命...宣告から、自分で治療しながら、2年半経過したと言う事でした。お仕事が忙しい過ぎたのです。
「本当に疲れてましたし、身体の異変、不調もわかってました。でも、スケジュールは断れなかった」とおっしゃいました。
ふたりで、ローフードの食事を頂きながら、ゆっくり色々お話しました。この日が最後でした。
何か悔しかったのです。
こういう形でお別れする事が、一生懸命、人の為に、みんなの為に、伝えておられた先生のお姿が忘れられません。
大好きな三上京子先生!
その先生の思いを教えを理論を...!
私は私のやり方で伝え続けていきます。
先生がやってきておられた事を大切にしますね。
出逢いに感謝致します。
本当に、ありがとうございました。